牛黄は『日本薬局方』にも収載されているとおり、牛の胆のう中に生じた結石、要するに胆石です。牛黄は約1〜4センチメートルの不規則な球形または角(かど)のとれたサイコロのような形をした赤みがかった黄褐色の物質で、手にとってみると以外に軽く、割ってみると、木の年輪のような同心円状の層があります。口に含んでみると心地好い苦味と微かに甘みのあるものが良品とされています。
『第十八改正日本薬局方解説書』によれば、その薬理作用として、血圧降下作用、解熱作用、低酸素性脳障害保護作用、鎮痛作用、鎮静作用、強心作用、利胆作用、鎮痙作用、抗炎症作用、抗血管内凝固作用などが挙げられており、適用としては、動悸による不安感の鎮静、暑気当たりに対する苦味清涼、のどの痛みの緩解に粉末にしたものを頓服する。また、主として配合剤の原料とするとの記載があります。
さてそれでは牛黄はどのような病気の治療に用いられてきたのでしょうか。牛黄の記録としては最も古い『神農本草経』には「驚癇寒熱(きょうかんかんねつ)、熱盛狂痙(ねっせいきょうけい)。邪(じゃ)を除(のぞ)き、鬼(き)を逐(お)ふ」と記されています。これは主として急に何物かに驚いて卒倒して、人事不省になってしまう者や、高熱が続き、痙攣(けいれん)を起こしたり、そのために精神に異常をきたしたりした者の治療に使用し、また、人に悪い影響をあたえる邪気をとり除き、死人のたたりの鬼気を逐い払う作用があるとしています。これは即ち邪や鬼といったもので現わされる病気を駆逐したり、病気にかからないようにするといったように治療のみならず予防医学的にも使われていたようです。中国の梁(りょう)(5〜6世紀)の時代の陶弘景(とうこけい)の著した『神農本草経集注(しんのうほんぞうきょうしっちゅう)』には漢の時代の『名医別録(めいいべつろく)』の引用として、「小児の百病、諸癇熱(かんねつ)で口の開かぬもの、大人の狂癲(きょうてん)を療ず。又、胎を堕す。久しく服すれば身を軽くし、天年を増し、人をして忘れざらしめる」と記しています。これは子供の病気ならどんなものでも、高熱を発して歯をくいしばって口を開かなくなってしまう者や、大人なら精神錯乱を治し、長期間にわたって服用すれば新陳代謝を盛んにし、寿命をのばし、物忘れしなくなるということでしょうか。ところでこの『名医別録』にも記載されていますが、牛黄の面白い作用に「人をして忘れざらしめる」というのがあります。